五次元世界へ誘う目的意識と人生の指針と心得

最後の審判を遣り過す魂の道案内と人生の目的と意味と意義

人間は何時も指針を求めたがるが得られても実践は困難な場合が多い-2/2

人の世の中の生き様は競争と比較・序列で足の引っ張り合いが蔓延り、悪意に満ちている様に思え不条理とか理不尽な事象が多く、自分だけが真理に沿って正しい生き方をしていても、格差と歪みのある集団組織では思う様に進めないでしょう。
それは、他者からライバル心で害されたり傷つけられたりして損をしている有様で、頭に来る事や憤りを感じ酷い時は腸が煮えくり返る様な思いをする事もあるでしょう。

キレる人が多い世の中ですが真理を学んでいると、その様な嫌な場面に直面しても見方を変えられる様になり、頭を冷やし心を鎮めることによって思考していると、目先の損得に捕われず長いスパンで人生を眺められる様になります。
そして、詰まらぬ事で立腹・怒っている自分にバカらしく感じて、数日もすると心の引っ掛かりが取れて苛立も収まり心が楽になるものです。
それにより自己の魂が向上して人格・品性が高まり、自らを取り巻く環境とか境遇を始め運命が良い方向へと進み始めます。

現在のように遠い過去から続く歴史で人間の利己心から起った社会的な弊害の中で、正面に生活して仕事をするにしても他者の生き方が混濁し混乱していますから、大衆の皆さんは夫々の地位とか役割に基づいて活動を開始しても、利己心から不正に生きる人々による弊害の中で、何に付け皆さんの各自にも影響が及ぶような場合もあって、どの様に判断して生きるのが良いのか分からないでしょう。

このように社会が混迷・混濁して生存競争の激しい状態では、古今を問わず上から下の者まで正面な生き方は困難で無理というものでしょう。
これから来る聖なる新時代になると、人格と霊的なレベルが高まると共に良心や理性に目覚めて、真理を悟れると云われていますから倫理観と人生観と生き方は、神性へと自ら変わらざるを得ないでしょう。

これにはモラロジーの教説を活用して、社会生活に於いてどうしても止むを得ない場合には不道徳の形式を黙秘して、差し支えのない範囲内だけは相手の示す要求に応じて、自らは神の子として聖人の教え(真理、正法、倫理)を学び実践しつつ、神意を体得するようにベストを尽くします。
それにより、困難な立場でも神性を輝かせて周囲や他者に移し植えて人心を救済し、利己心から出た弊害を除去することに努力すると、物事はきわめて円滑に進むことが出来ると共に、自らの人格・品性は高まり徳も積むことが出来て幸せになれるのです。

モラロジーのような真理に叶った道(真理・倫理)は知徳一体であって、人間の精神的な生活と物質的な生活との融合する正しい目的と動機と、方法とを教える科学的な思想であり真理を仕事と生活に活かせるのです。
つまり自らの徳を積むことと知恵・経済とは全くに一体であり、真理を学び実践して体得することにより人格と品性は向上して、高次元にある天の倉に徳を積むこととなりますから、何時か必ず良き知恵が湧いたり才能が開花してチャンスを掴み、真の富を築くことが出来て安心と幸福になれるのです。

天(神)界より射してくる光明は、益々と強くなり利己心と執着心の強い人は苦痛が増すと共に、大禊の浄化と清算する受難の嵐に遭遇して来て観の転換を余儀無くされます。

若者たちは夢を描きそれに向かって実現しようと奔走・奮闘し、生き馬の目を抜く様な厳しい大都会で過度の競争社会に於いて凌ぎを削っている有様で、人格が低いと心の油断や隙から様々な悪い誘惑に遭い身を持ち崩すことになります。
それで各自の競争意識からは、欲望・虚栄・不満・怒り・嫉妬・恨み・執着・未練などの想う募りが積み重なり、心の重圧・負担として悪作用すると知らない内に邪悪な悪想念が沸き起こり、その付近や上空には悪想念の波が集まって大きな渦巻きを作り漂っております。

そればかりか、学生は大都会では勉学に励んでいても何時しかゲーセンや飲食店や邪悪な社交場など、歓楽街・繁華街の喧騒や悪い空気や悪い誘惑もあり、心の羅針盤が確りしていないと知らない内に自らを見失い、生き方を誤り生活は荒み人生が狂うものです。

生き馬の目を抜くと云われるくらい生き様の荒れた精神波動の渦の中という、過密化した大都会(都心)の狭い場所では、深層意識を通して想念が感応して乱れて正しい思考力、判断力、発想力などに悪影響されて良い方向に進まなく、こせこせと暮らしていても雄大で斬新な構想は浮かぶはずもないでしよう。

人間性を高める努力を怠っているのに、人生で物事が思い通りに進んで行かないで、今の境遇は嫌だと不平不満から責任を放棄し飛び出して逃げ、他に気楽そうや良さそうや豊かそうに見えるどんな場所や組織や仲間や家庭へ移っても、様々な負カルマと文明と先祖に対する恩恵の借財を抱えている内は、そこの処は決して幸せでも楽でも自由な世界でも無いことがやがて分かるでしょう。
過去の失敗や不幸や辛苦や悲痛の体験から抜け出して、自己の健全なイメージを作り出すには、まず基本的な指針と規律の人生観を学んで身に付けて、出来る範囲から勇気を持って実践し、自ら新しい生活や生き方の習慣を始めることが必要なのです。

ここで人々の多くは自ら体験学習を通して難儀・辛苦・悲惨な試練を乗り越えて、魂・霊性を進化向上しょうと努力しないで、煩悩が強い今の侭で苦労しても努力が報われない理不尽で世知辛い世の中にあって、この困難で辛く苦しい状態から早く抜け出したいと何時しか願望を抱き、思い詰めるものです。
そして、煩悩が強い今の侭で現実逃避の如くに、助け舟や助っ人を皆さんが気安く求め望んでも、霊性のレベルと「心の法則」からは無理があります。

それは「人生は魂の学習であり修行・体験」であって、神意である慈悲と真理を学び実践(体験)を通して体得すると「人心の救済と開発」がなされ、その成果として「意識の高揚」が伴い人格や品性が高まり、真の人間が完成して行きます。
皆さんは誰でもが聖人並みに達する資質も資格も本来は備わっていると言う、大切な自己に内在する神性を再認識しましょう。

2016/8/20(ameblo 2021-05-05)「8月20日の夢、真理や啓発の話しを皆で聞いても実践は一様でない」で紹介しています事柄とも通じます。
人格(品性)レベルが低くて徳が乏しいと折角と素晴らしい真理に触れても、気付けずに見逃したり理解できずに、ましてや実践も儘ならず魂が救われる事も無く幸せは程遠いものです。この様な人々を仏教では「縁なき衆生」と言います。

世知辛い世の中で糧を得るために社会組織では理不尽な扱いを受けることが多いですが、これから数年の間に貪欲と利己的で競争する利益優先の営利事業はなくなる方向へ進み、人権は不当な扱いを解消する方向へと進展しますから、真理を学び実践をするにも社会の環境は良くなり容易になるでしょう。

前回紹介しました「五次元世界へ誘い幸せを呼ぶ心得」を読まれますと、同級生のK君は自分の心を見透かされている様だと言ったり、他には精神的に頭を叩かれた様な感覚になるとか、精神的に頬をビンタされた様な感覚になると言う人もあり、自らの生き様に対して潜在意識の良心が反応していると思われます。

更に参考として、五次元世界へ移行する準備 基礎編.pdfをよく読まれることを推奨します。パソコンに保存したりプリントして手元に置いて時には見直すことが良いでしょう。
http://psitactile.livedoor.blog/五次元世界へ移行する準備%20基礎編.pdf

私たちが前進するには不要な執着心を捨てる決断と勇気が必要です。
全ては霊性の進化であり人間性を養う体験学習だと自分に言い聞かせて、自我の浄化として洗心により何事が起こり来て、どんな状況に置かれようとも感謝して平常心を心掛け、欲望・立腹・怒りを抑え御法度の心を起こさないことです。
宇宙的な因果応報の法則とか、不干渉の原則とか、共存共栄の原則を知ることです。
心を鎮めて潜在意識にある良心の声に傾けて従い、分別ある前向きな思考と言動を行い、正しい生き方をすることです。

進歩する気持ちを持ち続け光明思想(真理)を取り入れて学んで実践して、自覚意識のレベルを高めて高尚な精神・意志になり、利他的に生きることです。
光のネットワークに繋がったり、瞑想などで心・意識を高次元に想念・波長を合わせて、心身共に波動・振動(バイブレーション)を変えて高めることです。
潜在意識にある高次元の自己・ハイアーセルフに意識を向けて、スピリットという側面のインスピレーションを得られる様にします。

これらにより精進して意識を高尚に保ち波動を上げて霊性レベルを上げ、神性の覚醒へと自覚へと進化向上して進めば准聖人並となり、今より上位の階層領域へステップアップしますから、意識の拡張から感覚も研ぎ澄まされて、最後の審判(大峠)の艱難・受難とアセンションに備えましよう。